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    ボーガナタルとは|薬と錬金とヨーガを統合した大シッダ

    ボーガナタル(போகநாதர் Pōkanātar/போகர் Pōkar/Boganathar/Bogar/Bhogar)は、
    南インドのタミル・シッダ伝統を代表する最重要人物の一人です。

    ヨーガ、瞑想、シッダ医学、薬草、鉱物、錬金術、
    カーヤカルパ、タントラなど極めて幅広い知識と結び付けられ、
    「18人のシッダ」の中でも特に大きな存在として尊崇されています。

    また、マーシャル・ゴヴィンダンが伝える
    ババジのクリヤー・ヨーガ伝統では、
    若きババジにジュニャーナとディヤーナの修行を授けた師として
    中心的な役割を担っています。

    ボーガナタルの伝承は、
    パラニ、カタラガマ、中国、ナヴァパーシャーナ、
    不老長寿、錬金術など非常に壮大です。

    その一方で、
    現在確認できるボーガナタル名義の文献の成立年代と、
    伝承上の人物が生きたとされる年代には大きな隔たりがあります。

    そのため本記事では、
    「伝承として語られているボーガナタル」と
    「現存文献から研究できるボーガナタル」

    できるだけ区別して紹介します。

    ボーガナタルとは何者なのか

    ボーガナタルは、
    タミル語では主に
    போகர்(Pōkar/Bogar)と呼ばれます。

    後世の文献や英語資料では、
    Bogar、Bhogar、Boganathar、Bhoganatharなど
    複数の表記が使われています。

    南インドのシッダ伝承では、
    ボーガナタルは単なる宗教的聖者ではありません。

    薬草を研究する。
    鉱物を研究する。
    金属を研究する。
    身体を研究する。
    呼吸を研究する。
    意識を研究する。

    そして、
    それらを一つの体系として統合しようとした
    「実践するシッダ」として描かれています。

    ボーガナタルの師 ― カーランギ・ナータル

    ボーガナタルの師として特に有名なのが、
    カーランギ・ナータル(Kalangi Nathar/Kālaṅgi Nāthar)です。

    シッダ伝承では、
    カーランギ・ナータルは非常に高度なヨーガ、
    医学、錬金術の知識を持つ師として描かれ、
    ボーガナタルはそのもとで
    身体と生命を変容させる秘法を学んだとされています。

    この師弟関係は、
    後世のボーガナタル伝承の中心となっています。

    ただし、
    カーランギ・ナータルの歴史的年代や人物像についても
    確定していない部分が多く、
    シッダ系譜上の伝承として理解する必要があります。

    ボーガナタルとパラニ

    ボーガナタルと最も強く結び付いている場所が、
    タミル・ナードゥ州の
    パラニ(Palani)です。

    パラニは、
    南インドで特に重要なムルガン神の聖地の一つであり、
    現在も多くの巡礼者が訪れています。

    シッダ伝承では、
    ボーガナタルはこのパラニで
    長い修行を行ったとされています。

    そして、
    パラニ丘陵の寺院に祀られている
    ムルガン像を制作した人物として
    非常に有名になりました。

    ナヴァパーシャーナ像の伝承

    ボーガナタルを象徴する最大の伝承の一つが、
    ナヴァパーシャーナ(Navapāṣāṇa)です。

    「ナヴァ」は「九」、
    「パーシャーナ」は鉱物・毒性物質などを意味する語として解釈され、
    伝承では
    九種類の特殊な鉱物・薬物を組み合わせて
    ムルガン像を作った
    とされています。

    その像に水や乳などを注ぐことで、
    微量の成分が溶け出し、
    それが身体に有益な作用をもたらしたという伝説があります。

    これはボーガナタルの
    医学・錬金術・宗教を統合する人物像
    非常によく表しています。

    ただし、
    現在のパラニ像が実際にどのような物質で作られているのか、
    伝承上の「九つの物質」が具体的に何であったのか、
    また医学的効果があったのかについては
    現代科学で確定しているわけではありません。

    したがって、
    ナヴァパーシャーナはボーガナタル伝承を象徴する
    錬金術的・宗教的伝承
    として理解するのが適切です。

    シッダ医学とボーガナタル

    ボーガナタルの名には、
    シッダ医学に関する膨大な知識が結び付けられています。

    シッダ医学では、
    植物だけでなく、
    鉱物、金属、塩類なども研究対象とされました。

    しかし、
    単に材料を混ぜれば薬になるわけではありません。

    洗浄する。
    精製する。
    粉砕する。
    加熱する。
    繰り返し処理する。

    こうした工程によって
    物質の性質を変化させようとしました。

    ボーガナタルは、
    自然界の物質を生命に役立つ形へ変容させる知識
    探究したシッダとして伝えられています。

    錬金術 ― 物質を変えるだけではない

    ボーガナタルを語るうえで、
    錬金術は欠かすことができません。

    しかし、
    シッダの錬金術を
    「金属を黄金に変える技術」だけで理解すると、
    その思想の大部分を見失います。

    シッダ錬金術には、
    物質を精製することと、
    人間の身体を精製することを
    相似的に考える思想があります。

    鉱物を精製する。
    薬を精製する。
    身体を精製する。
    生命力を精製する。
    そして意識を精製する。

    つまり、
    外の物質を変えることと、
    内なる人間を変えること

    同じ「変容」の思想によって結ばれているのです。

    カーヤカルパ ― 身体を変容させる思想

    ボーガナタルの伝承で重要なのが
    カーヤカルパ(Kāya Kalpa)です。

    「カーヤ」は身体、
    「カルパ」は変容・更新などを意味し、
    シッダ伝統では
    身体の衰えを抑え、
    生命力を維持し、
    修行に適した状態を長く保つための方法として語られます。

    薬草、食事、鉱物薬、
    呼吸法、ヨーガ、瞑想などが
    この思想と結び付けられてきました。

    後世には
    「不老不死の秘法」
    として語られることもありますが、
    現代医学で人間が不死になる方法が
    確認されているわけではありません。

    むしろ、
    身体を可能な限り整え、
    長期間にわたってヨーガと霊的探究を続ける

    というシッダ独自の身体観として理解すると
    その意味が分かりやすくなります。

    ヨーガの実践者ボーガナタル

    ボーガナタルは、
    医学者や錬金術師であるだけではなく、
    高度なヨーガを実践したシッダとしても知られています。

    シッダ・ヨーガでは、
    アーサナだけではなく、
    呼吸、プラーナ、集中、瞑想、
    クンダリニー、サマーディ
    などが
    重要なテーマとなります。

    身体を健康にすること自体が
    最終目的ではありません。

    健康な身体と安定した呼吸を土台として、
    心を静め、
    より深い意識へ向かう。

    このため、
    ボーガナタルにおいては
    医学、錬金術、ヨーガが一本の道としてつながっている
    と考えることができます。

    ボーガナタルの『7000』

    ボーガナタルの名に帰属する文献で
    特に有名なのが、
    『Bogar 7000(Bogar Eḻāyiram)』です。

    その名称どおり、
    多数の詩・節から構成される巨大な作品群として伝えられています。

    そこでは、
    医学、錬金術、薬物、
    ヨーガ、カーヤカルパ、
    旅行、師弟関係など
    非常に多くのテーマが扱われています。

    ただし、
    現在の研究では
    この膨大な文献すべてを一人の古代人物が
    一時期に書いたと単純に考えることは難しい

    とされています。

    長期間にわたって
    ボーガナタルの名のもとに
    さまざまな伝承や知識が集積された可能性も考える必要があります。

    ボーガナタルはいつの人物なのか

    ボーガナタルの年代には
    非常に大きな幅があります。

    伝統的なシッダ伝承では、
    非常に古い時代に活動した人物として語られることがあります。

    一部では5世紀頃とする伝承もあります。

    一方、
    Tamil Virtual Academy などが紹介する資料には
    16世紀頃に置く説もあります。

    さらに、
    現代のタミル・シッダ文献研究では、
    ボーガナタル/Pōkar 名義の
    医学・錬金術テキストの多くを
    おおむね17世紀前後の文献文化の中で研究するケースがあります。

    ここで重要なのは、
    伝承上のボーガナタルの年代と、
    現在残っているボーガナタル名義文献の成立年代を
    同じものとして扱わないこと
    です。

    中国へ渡ったという伝承

    ボーガナタルの人物像を
    さらに神秘的なものにしているのが、
    中国へ渡ったという伝承です。

    ボーガナタルは海を越えて中国へ行き、
    そこで医学や錬金術の知識を学び、
    あるいは自らの知識を伝えたという物語が
    シッダ伝承の中に存在します。

    また一部では、
    中国で別の身体に意識を移したという
    非常に神秘的な物語も語られています。

    さらに後世には、
    ボーガナタルを中国の
    老子などと結び付ける説まで現れました。

    しかし、
    これらを歴史的に証明する独立した史料は確認されていません。

    したがって、
    中国渡航はボーガナタル伝承の重要な要素ではあるが、
    歴史的事実として断定すべきではない

    という立場が適切です。

    それでも中国伝承が重要な理由

    中国渡航の伝承が興味深いのは、
    それがボーガナタルを
    地域の境界を越えて知識を探究するシッダ
    として描いていることです。

    タミル・シッダの医学・錬金術には、
    インド国内だけでなく
    外国との交易や物質文化の交流を思わせる要素も見られます。

    そのため、
    実際の旅行経路を証明できなくても、
    「外の世界からも知識を求めた賢者」
    というボーガナタル像そのものには
    大きな意味があります。

    ボーガナタルとババジ

    『ババジと18人のシッダ』の伝承において、
    ボーガナタルは
    ババジの最重要の師の一人です。

    同書によれば、
    若きババジはスリランカの
    カタラガマ(Kataragama)
    ボーガナタルと出会ったとされます。

    カタラガマは、
    スリランカで古くから信仰されている
    重要な聖地です。

    そこでババジは
    ボーガナタルのもとで
    長期間修行し、
    ジュニャーナとディヤーナ
    すなわち霊的智慧と瞑想を深めたとされています。

    ババジをアガスティアへ導く

    『ババジと18人のシッダ』の伝承では、
    ボーガナタルの教えを受けた後、
    ババジはさらに高度な修行を求めて
    南インドのクットララムへ向かいます。

    そこで求めた師が
    アガスティアです。

    アガスティアから
    クリヤー・クンダリニー・プラーナーヤーマを授かり、
    その後ヒマラヤへ向かったというのが
    ババジのクリヤー・ヨーガ伝承です。

    この流れでは、
    ボーガナタル → アガスティア → ババジの深化
    という非常に重要な修行の連鎖を見ることができます。

    ただし、
    この師弟関係は現代歴史学によって証明された人物関係ではなく、
    ババジのクリヤー・ヨーガ伝統における霊的系譜
    として紹介されるものです。

    『ババジと18人のシッダ』での扱い

    マーシャル・ゴヴィンダン著
    『ババジと18人のシッダ―クリヤー・ヨーガの伝統と自己覚醒への道』
    では、
    ボーガナタルは18人の中でも
    特に重要な人物として扱われています。

    英語版では
    第8章「Siddha Boganathar」
    がボーガナタルに充てられています。

    そこでは、
    ボーガナタルの生涯伝承、
    中国との関係、
    パラニ、
    医学・錬金術、
    ヨーガなどが紹介されています。

    さらにババジの生涯を扱う第3章でも、
    カタラガマでの
    ボーガナタルとババジの出会いが
    重要な出来事として描かれています。

    ボーガナタルの弟子たち

    ボーガナタルは、
    自ら修行するだけではなく、
    多くの弟子へ知識を伝えた師としても知られています。

    タミル・シッダ伝承では、
    ボーガナタルの弟子・系譜として
    次のようなシッダの名前が挙げられます。

    • コンガナヴァル
    • カルヴーラル
    • サッタイムニ
    • スンダラーナンダル
    • マッチャムニ
    • カマラムニ
    • イダイカーダル
    • プーリッパーニ など

    ただし、
    すべての資料で弟子のリストが一致するわけではありません。

    それでも、
    ボーガナタルが
    一人の孤立した錬金術師ではなく、
    広大なシッダ系譜の中心人物

    として記憶されてきたことは重要です。

    プーリッパーニとパラニ伝承

    ボーガナタルの弟子として
    特にパラニと強く結び付けられているのが
    プーリッパーニ・シッダル(Pulippani Siddhar)です。

    伝承では、
    ボーガナタルの後に
    パラニの祭祀や伝統を守った人物として
    語られることがあります。

    この系譜からも、
    パラニにおけるボーガナタル信仰が
    単なる一人の聖者伝ではなく、
    師弟関係を通して継承される伝統
    として発展したことが分かります。

    ボーガナタルのサマーディ

    パラニのムルガン寺院周辺には、
    ボーガナタルのサマーディとされる場所があります。

    シッダ伝承では、
    ボーガナタルがパラニで
    最後の深いサマーディに入ったとされています。

    現在でも、
    ボーガナタルを敬う人々にとって
    パラニは重要な巡礼地です。

    ただし、
    これを現代考古学によって
    歴史的人物の墓所と確定したものとして扱うことはできません。

    ボーガナタル伝承における重要な霊的記念地
    として理解するのが適切です。

    「18人のシッダ」の中心人物

    ボーガナタルは、
    複数存在する18シッダのリストの中でも
    非常によく名前が挙げられる人物です。

    医学、錬金術、ヨーガ、
    カーヤカルパ、ジュニャーナと、
    シッダ伝統の主要分野のほぼすべてに
    その名が関わっています。

    そのため、
    18人のシッダ全体を理解する際にも、
    ボーガナタルを理解することは
    タミル・シッダ思想全体を理解する重要な入口

    となります。

    ボーガナタルが現代に伝えるもの

    ボーガナタルの伝承には、
    一つの非常に大きな思想が流れています。

    「分野を分けない」
    という姿勢です。

    医学だけを研究するのではない。
    ヨーガだけを研究するのではない。
    錬金術だけを研究するのではない。
    精神世界だけを探究するのでもない。

    身体。
    自然。
    薬。
    物質。
    呼吸。
    生命。
    心。
    意識。

    それらをすべて
    一つの生命現象として探究する。

    ここに、
    ボーガナタルというシッダの最大の魅力があります。

    外側の物質を変容させ、
    身体を変容させ、
    呼吸を変容させ、
    そして最後には
    意識そのものを変容させる。

    その意味でボーガナタルは、
    「薬と錬金とヨーガを統合した大シッダ」
    という言葉に最もふさわしい人物の一人なのです。


    ボーガナタル基本情報

    日本語名 ボーガナタル
    タミル語 போகநாதர் / போகர்
    原語・英語表記 Pōkanātar / Pōkar / Boganathar / Bogar / Bhogar
    年代 未確定。伝承年代と現存文献の成立年代を分けて考える必要がある
    主な活動地 伝承ではパラニ、カタラガマ、中国など
    伝承ではカーランギ・ナータル
    主な分野 シッダ医学、錬金術、ヨーガ、カーヤカルパ、ジュニャーナ、薬草・鉱物研究
    代表的帰属文献 Bogar 7000(Bogar Eḻāyiram)など多数
    有名な伝承 パラニのナヴァパーシャーナ・ムルガン像制作、中国渡航、カーヤカルパ
    ババジとの関係 『ババジと18人のシッダ』ではカタラガマでババジにジュニャーナとディヤーナを指導した師
    サマーディ伝承 パラニ
    18人のシッダ 複数の18シッダ系譜で中心的な人物の一人

    主な参考文献・資料

    1. Marshall Govindan, Babaji and the 18 Siddha Kriya Yoga Tradition.
    2. Bogar 7000 / Bogar Eḻāyiram(ボーガナタル名義の伝承文献).
    3. Tamil Virtual Academy, Bogar / Pōkar および18シッダ関連資料.
    4. T. N. Ganapathy 編, The Yoga of the Eighteen Siddhas: An Anthology.
    5. Ilona Kędzia / Ilona Kędzia-Warych, Pōkarおよびタミル・シッダ医学・錬金術文献に関する研究.
    6. パラニ・ムルガン寺院およびボーガナタルに関する南インドの寺院伝承.

    ※ボーガナタルについては、パラニのナヴァパーシャーナ像、中国渡航、
    長寿・カーヤカルパ、ババジとの師弟関係など、
    南インドのシッダ伝承およびクリヤー・ヨーガ伝統に基づく記述が多く含まれます。
    一方、現存するPōkar/Bogar名義の医学・錬金術文献については、
    近世のタミル文献文化の中で成立・編集された可能性も研究されています。
    そのため本記事では、伝承上の人物年代と文献そのものの年代を分け、
    宗教的・霊的伝承を歴史学上の確定事項として断定しないよう記載しています。
    また、古典的な鉱物薬・金属薬の処方には有害物質が含まれる可能性があるため、
    歴史資料として理解し、自己流で再現することを推奨するものではありません。

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